[Vol.41]

クリティシズムの業

東京大学文科1類
宮崎 智行 さん (早稲田高等学校卒業)

クリティシズムの業

英作文の授業が、英語的にも国語的にも一番役に立ったんです。というか大学に入ってからのほうが、より重要度を感じているようにも思います。その授業は、英文に対して批判的に論じなさいという英作文で、クリティシズムの業という授業でした。学校でも、譲歩、相手も認めつつ、でもこうだよ、みたいな、そういうふうに書いたらいいんじゃないっていうくらいのことはやってたんですが、具体性が違いました。「〜だから」のところと、「こう思う」のところと、あいだの、原因と結果をつなぐところで、そこのどこを肯定してあげたり、批判するかで、いろいろ違った 切り口というか、いかに違ったアプローチができるか、そういうところから始めてくれて、同じ英文に対して何回か実践して。だから、答案に書き起こしても書きなおすたびに深みが出るというか、バリエーションを学べるというか。例えば、原因に近い部分から否定しちゃったらもう、根っこから否定しちゃう感じなんで、すごい強い否定になる。逆に結論だけ否定するなら、そこまでの過程は合ってた、そこは尊重しつつ、「これは言い過ぎじゃないか」みたいな。「こうしたら」という別の、代替プランというか、結論を提示してあげられる。これは、もう英語という教科の問題でなく、社会の論述のときもそうだし、自分としては、そもそも何かを読むときに常に行っていることになっています。何か体をつくってもらったという感じです。

わからないことから逃げなくなった

わかんないことというか、難しい問題とか課題と出会った時に、それに逃げないようになった。昔は逃げたというか、すぐ答えを求めてるというか・・・まあ、すぐ投げ出してたんですけど・・・だから多分成績もあがらなかったんですけど(笑)。ヴェリタスに入ってから、厳しい教材ばっかに巡り合ったというか。わからないことと向き合ったほうが、わからないことももっと増えるけれども(笑)、わかることも増える、わかることの質があがる、ということがわかったからかもしれません。知っているからできるけど、知らないからここは捨ててみたいになるのでなく、普通に壁を乗り越える力がついたっていうか、そういうスタンスが身についたと思います。
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